「土と風の植物園」の拠点、岡山県倉敷市。実は、甘い香りが漂う春の花「スイートピー」の産地として高い品質と全国第3位の生産量を誇っています。そのスイートピー産地である倉敷市船穂にあるスイートピー農家、ファームたかおさんへ伺ってきました。
ファームたかおさんと土と風の植物園スタッフ山崎の出会いは4年前開催された「花摘み会」でした。この「花摘み会」とは、スイートピーの通常出荷が終わった後に、花が残る畑をお客様に開放して自由にお花を摘みながらゆっくり楽しんでいただくというもの。(後ほど少しご紹介させていただきますね)私自身、お花の仕事を通して何か一緒にできないか…と思っていました。なかなかスケジュールが合わず、その話は実現できないまま、 年一回の花摘み会で近況を報告しあっていました。そんな経緯もあり、今回改めて農園へ伺わせていただき、倉敷船穂のスイートピーの魅力やファームたかおさんの取り組みを取材させていただきました。 ファームたかお 高尾 英克さん
ファームたかお 高尾 亜由美さん
倉敷船穂の「スイートピー」
船穂はスイートピーの産地として古くから歴史があります。ご存知の方も多いかもしれませんが、岡山は桃やマスカットなどの果物王国。そのマスカット栽培の裏作としてスイートピーが育てられるようになりました。(現在は分業が主のようです)
スイートピーの原産地は地中海沿岸。船穂のスイートピー栽培地は、乾いた風が吹き上げる小高い丘の上にあり、山肌で水はけが良いなど、その環境と似ていて栽培に適しているようです。
全国のスイートピー生産量、第1位は宮崎県。特徴としては、品種がたくさんあり、 なんと、ひとつの花の中で花びらが2色になったものもあります。
それに対し、岡山県のスイートピー生産量は第3位。倉敷船穂のスイートピーを例えるならば、質に重きを置き、誠実にまじめな「質実剛健」。定番の品種を安定した品質でお届けするのが特徴です。茎が曲がってないかどうか、長さ、花の輪数、その他にも市場へ出荷する前日に収穫したものであること、また5時間以上水揚げをしたものなど、倉敷船穂スイートピーが設けている独自の厳しい出荷基準があり、クリアしたものが全国へと出荷されています。それに加え、もともと職人気質の生産者さんが多くそれが地域全体に根付き、この出荷基準を満たすことは当然のことで、納得のいかないものは出荷をしないこともあるそうです。
この「質実剛健」の船穂のスイートピーは、わたしたちの手元に届いたとき、花持ちが良く、長い間きれいな状態でお部屋を彩ってくれます。
スイートピー農家、ファームたかおさんの1年
スイートピーが市場に出回るのは11月(春のお花なのに!)~4月初旬、出荷するのはこの期間のみになります。出荷期間をのぞく時間、1年の大半はお花を出荷する準備のために費やされます。シーズンが終わった5~6月は、来年のための種を確保することから始まります。花が咲いた後に出来る鞘(さや)を収穫。種は、苗が病気になってしまったり天候不良など何かあったときの分も含め準備します。 その数、なんと12万粒! そして、その後は根を引き抜き、土を耕し、来年ための土壌づくりをします。この土づくりにファームたかおさんのこだわりがたくさんあるのですが、これは後ほど詳しくご紹介を…。
スイートピーのシーズンは、11月初旬から出荷が始まります。このときのスイートピーは、まだまだ若いというか幼い「子ども」のような状態です。茎は細く短いため、華奢な印象。 その後、冬から春にかけて幹の部分がしっかりと成長すると、お花は繊細な雰囲気でありながら、安定した「大人」のスイートピーが育つようになります。
スイートピーがどんな風に花を咲かせるかご存知でしょうか。
幹から茎が伸びて、花を咲かせるスイートピー。毎年、ひとつの幹から20本程収穫できます。幹は1日3cm程伸びるということもあり、1週間もすれば約20cm伸びる計算。上へとぐんぐん伸びてしまうと、幹が折れてしまったり、花の収穫ができません。そのため、根元部分を水やりホースのように折れないよう屈折させて、幹をピンチで固定します。そうすることで花をつけた茎や幹を傷めず、お花収穫することが出来るのです。
収穫シーズンの約5ヵ月間、何度もこの作業を繰り返し、出荷に至ります。また、スイートピーは一度に全て収穫するお花ではなく、たくさんの花の中から摘み取るべきものとそうでないものを見分けて収穫しなければならず、生長も個体差が出やすく生産者の学びも要求されるデリケートな仕事だそうです。
ひとつの幹から、何本もの切り花を収穫できる生産性の高い植物ではありますが、容易なわけでは決してなく、そういった生産の手間と気配りがとても重要なのですね。
4月初旬、最後の出荷を終えると、ファームたかおさんでは前述のとおり「花摘み会」を開催されます。花摘み会に参加すると、お花を摘んだり、束ねたりするだけでない楽しさがあります。
まさにライブ会場で音楽を楽しむのに似ています。自分がその場に参加する中で、お花自体の存在や成り立ちや空気を感じながら、単にお花がきれいという感覚以上の、楽しさや充実感を得られます。ファームたかおの高尾さんご夫妻も、開催するのを毎年とても楽しみにされている「花摘み会」ですが、2020年は新型ウイルスの影響で中止になりました。感染予防と拡散防止のため、また[船穂スイートピー]というブランドを考えてこの決定に至ったそう。一刻も早い事態の収束を祈るばかりです。
農園入り口にあるファームたかおのシンボルツリー、桐。伺った2月中旬にはかわいらしいつぼみをつけていました。 種が飛散し、農園の外にもスイートピーが!こちらはハウスの中とは違いゆっくりと季節とともに成長します。
いろんな色のスイートピー
スイートピーと聞いたときに、何色のものを思い浮かべますか。ファームたかおさんが中でも力を入れてらっしゃるのが赤系のスイートピー。 わたし自身、たかおさんのスイートピーの赤色がとっても好きで、過去にもこんな感じでブーケを束ねさせていただきました。
少し明るめの赤色「キャンディーポップ」やボルドーに近い「ショコラ」など、一言に赤といってもたくさんの「赤」があります。 現在では、ファームたかおさんが作ったスイートピーの品種を、船穂の先輩農家さんが作られることもあるそうです。
新しい色を作るとき、交配をして理想の1本のスイートピーを作ります。作って終わりではなく、その新たな色が製品として安定的に育つように交配を重ねる必要があります。 何と、1種類作るのに約2000本分は育てるそう…!気の遠くなる、根気の必要な工程ですね。 そのほかにも、スイートピーに色のついた水を吸い上げさせて、新たなカラー作ることもあります。
ファームたかおさんでは、シックで大人っぽいニュアンスの染スイートピーも作っています。まずは「アッシュブルー」。
画像参照元:ファームたかお
ファームたかおさんの染めシリーズのなかでも人気ナンバーワン。少しくすんだ青色で、ちょっぴり切なさの感じる色合いです。生産量は少ない希少品種ですが、徐々にこの「アッシュブルー」を指名で購入されるお花屋さんも増えてきているそうです。
この度、土風ではドライに!吸い上げのムラがいいニュアンスになり、際立ったブルーになりました。
また、ドライにすることで香りも変化。生花のスイートピーは甘い香りですが、乾燥させるにしたがって木々のような緑を感じる野性的な香りに変わってきます。是非お顔を近づけて、香りも楽しんでくださいね。
そして2つ目は「カモフラージュ」。
画像参照元:ファームたかお
これは森の色をイメージした3色のスイートピーのセットです。ネーミングも、そのセット内容もとってもユニーク。新たに作った品種の名前は、作った各農家さんがつけるそうです。花屋さんでその名を聞いてみるのも面白いかもしれませんね。
ファームたかおさんの自然に寄り添った栽培の試み
さて皆さん、「連作障害」というものをご存知でしょうか。同一の作物を同じ農地で繰り返しつくり続けることによって生育不良となり、収穫量が落ちてしまう障害のことです。畑作の場合、同じ作物をつくり続けると、土壌の成分バランスが崩れるだけではなく、その作物を好む菌や病害虫の密度が高くなるため、微生物に偏りが出てしまい、その科特有の病気になりやすいといいます。
自然の中では当然のことのように、何年経っても緑が青々と茂っているように見えますが、これは様々な種類の植物がバランスよく生息しているからこそ、それぞれが元気に育っているのです。
通常、スイートピーは収穫が終わると次のシーズンに向けて土壌を消毒します。この土壌消毒とは薬品で土壌の微生物を死滅させます。リセットし、生育が良くなることがありますが微生物を死滅させるようなものですから、薬品自体は生体には良くないものであり、あくまで一時的。障害は繰り返し起こります。なんだか、リセットされているというよりマイナスになっているかのよう… その土地に暮らす農家さんにとっても、スイートピーにとっても本当の健康を考えたとき、ファームたかおさんはそういった土壌消毒に頼らない、循環型の土づくりを目指すことになったそうです。
その取り組みのひとつとしてあるのは、スイートピーと一緒にマリーゴールドを育てること。
その他にも新鮮な有機物を入れたり、土中の微生物たちをコントロールするなどの工夫によって、年々土はふかふかに。わたしも実際さわらせていただきましたが、人差し指を土に突き刺してみると、その柔らかさに指だけでなくこぶしまで!また単に土が柔らかくなっただけではなく、茎が枯れたり、カビが生えたりといった、毎年悩まされていた症状もなくなったそうです。
その微生物たちの住処、コロニーが手の右側、白くなっているところ。
通常の生産者さんでは枯れた葉っぱのカスなどはきれいに処分しますが ファームたかおではあえて残します。 それは、微生物たちが良い働きをする住処となるから。
枯れ上がりを起こす土の奥深く、深層部にまで、この表面状の良い微生物たちが病害菌のところまで浸透していくように、現在進行中、頑張っているところ。
そして、皆さまも感じられている通り、年々温暖化が進んでいます。きっと人間が感じるよりもずっと植物や微生物はダイレクトに感じ、土壌の環境や成長スピード、水の量なども年々変化しています。予想がたてづらく後手後手に回ってしまいそうなところですが、常に一歩先を読んで取り組まないといけません。
ここまでくるのに3年。この自然に寄り添った農法を始めたばかりの最初の年はなかなかうまくいかず、前年に比べ生産量がなんと7割も減ってしまったそう。
実は、現在もこの農法をはじめる前に比べると2~3割ほど生産量は劣るそうですが、減ってしまった生産量以上の価値を感じているとのこと。例えば、生産者として納得のできる土壌づくりが出来ているということや、植物と対話をしながら育てることができているということ、そのひとつひとつだそう。
世界では循環型の社会を作っていこうという動きが広まっていますが、骨の折れることであったり、リスクが伴うことも大きい中、実際に取り組まれているファームたかおさんのお話を伺えて、身の引き締まる思いです。
今後土と風の植物園でも少しずつ、出来ることから取り組んでいければ…と思っています。ここまでツラツラとご紹介させていただきましたがまだまだお聞きしたことをお伝えしきれないところや、その他にも大変なこと、気を配ってらっしゃることがもっとたくさんあります。
花屋さんにキレイに並ぶお花は、生産する農家さんの努力が支えています。生産者にとってお客様には純粋にキレイなお花を楽しんでいただくことがうれしいことではありますが、販売をしているわたしとしては時折そんな生産者の取り組みにも思いを巡らせていただけるとうれしいです。